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# 気付いたら浅草にいて…懺悔
昨日の朝のこと。出かける支度をしながら、頭の中でメリハリ、メリハリ、メリ、ハリ、メリ、ハリ……メリ、メリ、メリと音がした。メリかー、と思いながら朝食を取り、家を出た。気が着いたら、浅草の国際通りに立っていた。間違った電車に乗ったのかなあ。ぷらぷら伝法院方面へ歩いていると、自販機コーナーがあった。100円自販機ばかり。いつもならうれしいのに、浅草という土地柄がなぜか買うのを躊躇させる。試しに100円を入れてボタンを押したら缶コーヒーが出て来た。賞味期限前だった。缶コーヒーを片手にさらにぷらぷら歩いていたら、浅草公会堂に着いた。なんかやってるよ。歌舞伎だよ。財布の中を見たらチケットがあったので、中に入ってみた。席に着くと、隣の席に知っている人がいた。不思議だなあ。

「新春浅草歌舞伎」は毎年1月に浅草公会堂で行なわれる歌舞伎の公演で、若手が大役に挑める数少ない場だと思う。歌舞伎座ではなかなかお目にかからないようなキャストで、若手が目一杯頑張ってやってる様子がいいのよねえ、とオバサンは思う。今回見た昼の部は「鳴神」を獅童が、「仮名手本忠臣蔵」の勘平を七之助(おかるは勘太郎)が演じる。ちなみに夜の部の「仮名手本忠臣蔵」では勘平に勘太郎、おかるに七之助となる。

最初は年始の御挨拶として、勘太郎が1人で登場。見どころを紹介しつつ、夜の部の宣伝もする。これは毎日変わるようで、勘太郎でラッキー!とか思っていたのだが、今スケジュールを見たら、20日の勘太郎&獅童ってのもかなり美味しい。
「鳴神」の獅童、よかった。結構口をあまり開けないというか、早口の部分がちょっと聞き取りづらいところもあるのだが、かっこいい。思えば獅童を歌舞伎で見たのは、獅童がテレビで人気者になる以前のことかも。四角くて面白い顔の役者だと思っていたのだが、すっかりオトナの色気が…。この「鳴神」、歌舞伎初心者でも楽しめる要素がいっぱいだ。小坊主のユーモラスなやりとりや動き、鳴神上人に対する絶間姫の姫の色仕掛け、怒りに狂う鳴神の豪快さ。何度見ても荒事ってステキ、と思う。絶間姫は亀治郎。何度見てもあの色っぽいシーンにドキドキ。歌舞伎を見るのが初めてという友人も「歌舞伎って空アクロバティックで楽しい!」と喜んでいた。

そしてお昼ご飯を食べてから「仮名手本忠臣蔵」。うーん、勘太郎のおかるってどうよ。やっぱり夜にすればよかったかな。とか思っていたのだが、勘平を演じる七之助の熱演、すばらしかったです。夜の部見てないんで比べられないけど、勘平の薄幸な感じはむしろ勘太郎より七之助かも、と勝手に思ってしまった。この手の演目を演じる力は父・勘三郎譲りだよなあ、と唸る。血だ、血。隣では友人がすうすう寝ていたけど。

仕事が忙しいので行くか迷ったけど、行ってよかった。非常に満足な気持ちで浅草公会堂をあとにする。帰り道友人が「なんかヤジ飛ばしてるオジサンがいっぱいいて、びっくりした」と言っていた。「ああ、あれは“大むこう”といってね、役者の見せ場の絶妙なタイミングで、中村屋!とか萬屋!とか役者の屋号を呼ぶの。応援団、応援団」と教える。こんな説明でよかったのだろうか。ヤジ飛ばしてるオジサン、っていいな。

正月の残り香の漂う平日の浅草は、独特の枯れ感だ。ぷらぷらぐるぐる歩き、仕事をしに家へ戻った。
| comments(2) | trackbacks(0) | 03:09 | category: 歌舞伎/ダンス |
# 十二月大歌舞伎@歌舞伎座
先週の日曜日は歌舞伎座の昼の部へ行ってきた。演目は「弁慶上使」「狸々」「三社祭」「盲目物語」。勘太郎と七之助が踊る「狸々」「三社祭」と、年末に玉三郎を見るのがいいような気がしたので。

■「弁慶上使」
弁慶は生涯に一度しか女性と契らず、一度しか泣かなかったという伝説があるらしいのだが、それをベースにした話。つまり契ったことを語るシーンと泣くシーンが両方出て来るのだ。弁慶に橋之助、弁慶がかつて契った相手の女性・おわさに福助という、兄弟での好配役。橋之助もいい歳なんだろうが、骨太な芝居ができる良い役者になっているなあと。以前だったら弁慶なんて考えられなかったもん。大げさな感じがどうも苦手な義太夫狂言なのだが…やはりちょこっと寝てしまう。

■「狸々」「三社祭」
勘太郎と七之助による舞。この2人、小さい頃から見ているせいか未だに子供だと思っているのだが、見るたびにもう子供ではないんだなあと思う。先週テレビでこの2人のドキュメンタリーをやっていたのだが、すっかり芝居が身につき、一人前の役者だ。勘太郎と七之助では舞の特徴が随分と違う。それも面白い。見てよかった〜。2人でいろんな演目に一緒に出られるというのは、きっと心強いんだろうなあ。切磋琢磨してどんどんいい役者になって欲しい。

■「盲目物語」
谷崎潤一郎原作の歌舞伎。お市の方(板東玉三郎)は、夫の浅井長政が兄の織田信長に滅ぼされたため、実家に身を寄せている。お市の方に付き添う盲目の法師弥市(中村勘三郎)は、お市の方に心を寄せているが、その気持ちを表に出さず、明るく過ごしている。一方、木下藤吉郎(中村勘三郎・二役)はお市の方を手に入れようと、執拗に言い寄っている。お市の方は、結局藤吉郎を蹴って柴田勝頼(中村橋之助)と一緒になる。が、次は藤吉郎、この恋敵の柴田勝頼を滅ぼすのだ。自害を決める柴田方。攻め込む藤吉郎は、お市の方を奪いに来るがすでに自害した後。弥市はお市の方の娘・お茶々(中村七之助)を連れて逃げるが、おぶったその身体がお市の方とよく似ていることに気付き、一生傍らにおいてくれ、と頼むのだが、お茶々は気味悪がって逃げてしまう。時を経て、豊臣秀吉となった藤吉郎は、側室に淀君=お茶々を迎える。お市の方への思いを、いびつな形ではあるが、遂げたのだった。淀君の父・浅井長政の菩提を弔うために琵琶湖のほとりへやってきたところ、淀君がこのあたりの乞食に施しをやってくれという。有り難がる乞食と去っていく秀吉一行。乞食たちが去る中、一人残ったのは乞食となっていた弥市。秀吉を羨みながらも、自分の思いを封印するのであった。って説明が長過ぎる。
弥市と秀吉という同じ女性を思いながらも全く逆の結末を迎える2人の人間を、勘三郎が見事に演じわけていた。玉三郎の年増役がかっこよすぎてステキだ。あと七之助。この世のものだか何だかわらない妖しさは、将来芝(かんの字がない〜。習+元)みたくなってくれるだろうなあ〜と期待してるけど、どうなんでしょうか?我がまま三昧の淀君と秀吉のやりとりは、親子ならではの息のあった演技で笑った。ではでは。
| comments(1) | trackbacks(0) | 13:14 | category: 歌舞伎/ダンス |
# 歌舞伎「児雷也豪傑譚話」@新橋演舞場
新橋演舞場に「児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)」を見に行く。通し狂言でやるのは30年ぶりだそうだ。簡単にストーリーを言うと、妖術使いの悪者・大蛇丸が妖術で日本全土を征服しようとしているところを、大蛇丸に一族を殺された児雷也、網手(夫婦となる)の2人が仇討ちをするという設定。大蛇丸はその名の通り、妖術で大蛇に変身、さらに児雷也と網手の2人も一族が殺された際に谷底に落とされたのだが、谷底に暮らす仙人に育てられ、それぞれ蝦蟇(がま)と蛞蝓(なめくじ)に変身するのであーる。なんだそりゃ?

妖術使いの話だけあって、スモークを多用した演出が楽しい。序幕の見どころは大蛇丸(尾上松緑)が大蛇に、児雷也(尾上菊之助)が蝦蟇に、網手(市川亀治郎)が蛞蝓に化けるシーン。そこはガチンコ対決とはならず、相手の出方をそれぞれ見ている感じのシーンなのだが、そんな怪獣が3匹舞台にいるだけで、ワクワクする。大蛇はトグロを巻いた姿から伸びたり縮んだり、蝦蟇は蝦蟇らしく後ろ足を伸ばしてぴょんぴょんはね、蛞蝓はビニールっぽい素材でヌメヌメ感が出てる。蛞蝓は一体どうすれば大蛇に勝てるのかわからないが、蛇の尾にくっついたりしていた。その後、蝦蟇に向かって大蛇丸が発砲すると、中から鷲に乗った児雷也が出て来て、見栄を切りながら、空に羽ばたいていく。宙乗りだ。菊之助が大きく睨む様子が、舞台のスクリーンに大きく写し出される。思いきった演出だが、こりゃ見ごたえがあっていい。悠然と飛翔する様子にひたすら憧れた。いつか鷲に乗って飛んでみたい。

次の見せ場は義賊となった児雷也が、ある悪代官(市川團蔵)のお屋敷に巫女のふりをして入り込む喜劇のシーン。年貢を強欲に欲しがる悪代官だが、家の中では奥方(尾上菊五郎)と娘(尾上松也)の尻にひかれるダメ亭主。奥方と娘はブランド好き。2人のブランドを嘆くシーンはヒロシのモノマネ。出て来た奥方はティアラをはじめ、ギンギラギンで厚化粧。娘はギャルっぽい仕草に茶髪。なんだかわからないけど、昨今のギャルも顔負けのギャル度。さらに波多陽区、アンガールズなどのギャグがちりばめられている。果てはヨガやバランスボールまで出て来て、菊之助と團蔵のやりとりの横で、奥方と娘に茶坊主(板東橘太郎)を加えた3人の喜劇が続く。まあ、くだらないっちゃくだらないんだけど、こういう歌舞伎ギャグ嫌いじゃない。過剰な笑いがテンポ良く続くので、いいんだよなあー。菊之助が芝居やってるのに、横でお父さんがすべて観客をもっていってしまっていておかしい。お父さん、負けず嫌いかも〜。児雷也に千両箱を持っていかれた後のお屋敷で罪のなすり合いとドタバタが始まるのだが、ここでボレロが流れ、スローモーションでドタバタが演じられているうちに幕が引かれる。絶妙。


そしてラストが圧巻も圧巻。大蛇にやられ全身麻痺になった児雷也は妻・網手と箱根に逗留。いろいろあって麻痺が解けたところで、大蛇をやっつける“浪切の剣”が地獄谷にあることを知り、そこへ向かう。そうはさせねえと大蛇丸もすぐ後を追う。地獄谷のシーンは薄暗い中、煮立つような火が赤々と燃え、その後ろに和太鼓の人たちが並び、演奏する。迫力満点。赤いカツラと赤い衣裳、上半身に赤い短冊のようなヒラヒラを付けた人たちがいっぱい出て来て、3人の行く手を阻む。この赤い人たち16人が舞い上がる火の粉のように身軽かつ力強く舞う姿は、なんだかコンテンポラリー・ダンスのようだ。強い太鼓の音も相まって、とても興奮する。つい涙目。そこに児雷也(尾上菊之助)、大蛇丸(尾上松緑)、網手(市川亀治郎)がそれぞれ火の粉と闘うソロのシーンが続き、さらに児雷也と大蛇丸の一騎討ちシーン。花道でやってくれたから、至近距離で迫力あるシーンが見れた!

すごーく、長くなってしまったが、男役をやらせても女役をやらせても菊之助はいい。立ち姿や仕草が美しいし、貴公子然とした品格がある。松緑はパンフに「人間以外のものならまかせてください(笑)」とあったが、ホントそんな感じ。昔は人間以外の役を演じるとき(人間役でも)に、妙な力が入ってしまっていたが、それがいい感じで抜けたようだ。存在感も増してきた。妖術使いという妖しさみたいなものがちと足りないかなあとも思うのだが、こうして松緑の演技を自分が反省してしまうのも、ひとえに松緑を応援しているからなのだ。本人は迷惑だろうが。あと場を和ませ盛り上げたり、場をしめたりというオイシイところで登場する菊五郎の芝居のメリハリや存在感は本当にすごく、父さんは偉大なり、と何度も感心させられた。

おそらくあと数回の上演しかないけれど、すごく満足度の高い芝居だった。劇場を出た時も「楽しかった〜」という声が至るところから聞こえてきた。絶対見ておいて損はないし、再演したらまた行きたいと思っている。いろんな友人に見せたいし、とくに歌舞伎を全然知らない人を連れて行きたいなあ。

あ、そうそう。音楽も「ボレロ」や「四季」(by三味線)、アフリカのパーカッション系の音など、いろんなものを多用していた。怪獣の声とか(これは気のせいか?)。照明も凝っているし、美術も演出も新しい。ホント、いろんな意味で楽しめます。
| comments(4) | trackbacks(2) | 22:32 | category: 歌舞伎/ダンス |
# ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団「Nefes(ネフェス)」
ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団を新宿文化センターで見る。席は8列目のど真ん中。前は通路で、そこから一段高いところ。まったくの普段着(つまりは作業着レベル)で来たことを恥じつつ、席に着く。これってVIP席だよなあ…と思った瞬間、ふと、ある予感が頭をよぎった。それから15分後。その予感は見事的中し、楠田枝里子女史が至近距離の席に着かれたのだった…。(楠田枝里子の「ピナ・バウシュ中毒」はピナ・バウシュとヴッパタール舞踊団への愛に溢れた、とってもいい本です。)

今回の演目「Nefes(ネフェス)」はトルコ語で“呼気”を意味する言葉。イスタンブールを知らないと理解できない、という種類のものではないのだが、イスタンブールにいろいろな思い出を持っているあたしには、とても懐かしく、なんというかオーバーに聞こえるかもしれないけど、細胞レベルであの街の空気を思い出してしまった。ヨーロッパでもあり、アジアでもあり、中東でもあるイスタンブールのカオスやパワー、秘められた深い陰影…。勿論、ピナ・バウシュの描くイスタンブールは、イスタンブールの情景を描いているわけでなく、ましてやエキゾチックな異国趣味に傾向するわけではない。それでもイスタンブールではないけどイスタンブールだったかもしれないし、イスタンブールだったけどイスタンブールでなかったかもしれない。簡単に言うと、東西文明の交叉点というイスタンブールの歴史的・地理的な位置を超えて、「Nefes(ネフェス)」によって新しい融合を果たした、そんな感じ。背の低い人、高い人、細い人、太った人、色の白い人、黒い人、スピーディーで力強い踊り手と、優雅で繊細な踊り手…様々な個性が集うヴッパタール舞踊団に、今回のイスタンブールという土地の魅力が十分合っていた気もする。流麗で官能的で混沌としているアラベスク。本当に素晴らしい時間だった。と、まあ。ついイスタンブールにこだわって書いてしまったけれど、本当に感動した。カーテンコールでピナ・バウシュ本人が出てくると、その知的で静謐なオーラに毎回涙が出そうになります。すごいなあ。
| comments(3) | trackbacks(1) | 23:02 | category: 歌舞伎/ダンス |
# シュールな魔術「バニッシングポイント」
「オールド・ボーイ」の後、夜はル・テアトル銀座で「バニッシング・ポイント」を観に行った。それまで「オールド・ボーイ」にすっかり浸り切っていたので、切り替えがなかなかできないのでは…と思いきや、始まった途端にフィリップ・ジャンティの魔法にすっかりハマった。恐るべし!詳しい内容については、いづみさんが素晴らしい評を書いていらっしゃるので、そちらを読んでいただいて…。

潜水士あるいは宇宙飛行士が空中を浮遊する。クエスチョンマークが口から吐き出される。人間そっくりな小さな人形たちが、人間より生き生きとした生命力を持って蠢く。巨大な脳に呑み込まれたと思ったら、その脳が大きく膨れ上がり巨大な人形に姿を替え、また消え……。鮮やかに遷り変わっていくシュールレアリスティックなイリュージョンに驚嘆し、息をのむ。魅惑的かつユーモアとに溢れた魔法の世界だ。体内との相性のいい音楽も相まって、浮遊しているような心地よさに包まれる。今まで意識してなかった原始や太古を予感させる類の感覚…これは予感ではなく記憶か?

まさに無意識の領域への旅だ。とにかく、すっかりヤラれてしまった。一緒に行った友人はあまりの気持ち良さに睡魔に襲われたそうだが、それももっともだと思う。今まで知らなかったことが悔やまれる。もっと観たい。今すぐに!

こんなイメージを舞台の上で表現してみせるフィリップ・ジャンティって何者なんだろう?と思う。今年いろいろ観て、演劇やダンスという領域はまだまだ開拓する価値が十分あるなと感じた。普段はあまり意識していない身体感覚の持つ意味の大きさを改めて思う。話はズレるけど、こういう視覚芸術の分野の人たちが、言葉を要素のひとつとして巧みに使っているのもショックだった。もちろん表現の性質が異なるとはいえ、小説が“何か”をここまでダイレクト注入することは稀だ。もちろん言葉の方が自由に表現できることもあるのだけれど。そして凄く微小なことで言えば、自分の稚拙な文章力ではこの舞台の魅力を伝える言葉すらないし…と、これを書きながら落ち込んだ。この感想を伝えるには、やっぱり言葉を使うしかないのかな。歌とダンスで伝えてもいい?うそ。どっちにしてもできません。
| comments(4) | trackbacks(0) | 09:43 | category: 歌舞伎/ダンス |
# 揺さぶられ続けた夜…
さいたま芸術劇場までピナ・バウシュの新作「天地 TENCHI」を見に行って来た。この作品は昨年2週間に渡り、ピナとヴッパタール舞踊団のメンバーが埼玉に滞在し、その中で感じたことをダンスとして表現する試み。過去にもローマやイスタンブール、マドリッドなど様々な都市や劇場とこのような形でコラボレーションしている。今回は自分も知っている日本・埼玉。ピナがどのようにとらえ、どのように表現してくれるのかとても楽しみだった。

舞台には大きな鯨の模型(頭頂部と尾部)が置かれ、常に白いもの(紙吹雪?)が舞い降りてくる。その中でダンサー達が時には優雅に時には激しく踊り、表現する。描かれているものは日本でよく見られる光景であったり、自然との調和であったり、人類普遍の男女のやりとりであったり、愛であったり、騙しであったり、憧れであったり…。独特のユーモアに溢れたダンスに客席も大いに湧いていた。様々な様相が描かれた後に激しいラスト、なぜか涙が止まらなくなった。色々な感情をミックスした、こんな涙が湧くのは久々。自分の目から出てくる涙の最高級種。カーテンコールは4回もあり、日本での公演なのにスタンディングしてる人も多かった。みんな気持ちは一緒なんだね。

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団を生で見たのは実はこれが初めてなのだが、予想を遥かに超えて濃密だったし、感情を根っこから揺さぶられた気分だ。ダンスを見倒してない自分ですら、静謐なダンスまで身体の奥深くに何かが浸透してきた。

ここ数日は間違いなく、これを反芻しながら毎日の生活に戻りそうな予感。でも来週また行っちゃうもんね!

★「天地 TENCHI」は週末までやってます。来週は新宿で別プログラムの「バンドネオン」。ちょっとでも興味ある人は絶対見るべし!
| comments(2) | trackbacks(0) | 23:37 | category: 歌舞伎/ダンス |
# ヤバい海老蔵の鏡獅子
先日に続いて市川海老蔵襲名披露を観に歌舞伎座へ。今回は昼の部だ。

《外郎売》
華やかな興行のスタートにふさわしい華やかな舞台。テーマは“ちょっと舌っ足らずな松緑が外郎売の早口言葉を爽やかにこなせるのか?”という点。毎回、松緑にはハラハラさせられる。固唾を飲んで見守ってしまう。よくやった!応援してるよ!

《寺子屋》
仁左衛門の松王丸に勘九郎の源蔵、源蔵の女房に福助、そして松王の女房に玉三郎という文句の付けどころのない豪華配役。
首実検の際の松王丸の複雑な心境、源蔵夫婦が安堵したところに松王の女房・千代が現れたあたりの緊迫感、そして松王丸が事情を説明するくだり。何より愛息の立派な最期を聞き松王が泣き崩れるシーン。見ごたえたっぷりの芝居だった。何度も観ている話なのに、しっかり泣かされる…。
松王丸が咳き込む場面があるが、客席でも一斉に咳き込み始めていた。不思議。

《口上》
とにかく雀右衛門が心配で見守り続けた。やっぱり具合よくなさそうだなあ。海老蔵の“睨み”が先月より強い気を放ってる気がする。

《春興鏡獅子》
いよいよ海老蔵ワンマンショー。女形も美しかったが“獅子の精”が圧巻。こういう演目は得意だろうとは思っていたが、予想を遥かに上回る力強さと美しさ。弱冠26才の若者がここまでやってしまうのだから恐ろしい。毛振りも豪快で…ここまでスピード感のある毛振りも初めて観たような気がする。ロックだね。と思ったけど、そんな言葉では全然足りない。自分的歌舞伎史上に残る鏡獅子が観られた!
“蝶の精”で出ていた福助と信二郎のご子息も丁寧な踊りが可愛らしかった。

ってわけで終わってしまいました、襲名月間。さみしい。
その他、覚え書きは下記。

★米子の「吾左衛門寿し」のさば寿司が美味しくて2回も食べた
★飯田の「春月」のおたふく豆が美味しくて2回も買った

見つけたらぜひ召し上がってくださいな。



| comments(1) | trackbacks(1) | 20:29 | category: 歌舞伎/ダンス |
# ラララに酔い、ラララで覚醒
さいたま藝術劇場までラ・ラ・ラ・ヒューマンステップスの公演へ。
ダンスに関して全く詳しいわけではないのだが、昔「ベラスケスの小さな美術館」(今はラララにいない看板ダンサー、ルイーズ・ルカヴァリエが圧倒的)という映像作品に出会って衝撃を受け、何度も何度もくり返し観て…今に至るって具合で。
だからこの集団の何がスゴイって人に伝えるような言葉がないんだけど強いて言えば、ミニマルかつストロングな表現方法、超高速スピード(残像の見え方がスゴイ)、そして身体にダイレクトに伝わる何か。とくに最後の部分かな。

絵画や立体でも背景のコンセプトを考えながら見ちゃったり、説明まで与えてこちら側に考えさせる作品っていうのもあるけど、ラララの場合は違うタイプ。頭をすり抜けガツンと衝かれるように伝わってくる。
さらにミニマルな舞台での張り詰めた空気が息苦しくもあるが気持ちいい。普段の日常生活で味わえない感覚を十分過ぎるほど味わえた90分だった。ヤバい。

以前デビッド・ボウイやザッパともコラボし、今回もヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代のルー・リードの詩に曲を付けるなど、音楽好きの人にも刺さると思うのでぜひ!

動画はコチラで観られます。
| comments(0) | trackbacks(0) | 03:06 | category: 歌舞伎/ダンス |
# 新・スター誕生!!
先日、歌舞伎座に行った。
先月・今月の2カ月は市川海老蔵襲名公演。

ここで市川海老蔵(春先までは市川新之介だった)が好き
→あの伊東園の「おーい、お茶」の人が好き
→あの大河ドラマで宮本武蔵をやった人が好き
→米倉涼子と付き合ってた人でしょ?
となると心外なので断っておくと、特にファンなわけではない。

でも歌舞伎界の名跡・海老蔵を襲名するというのは、
歌舞伎ファンにとって数年に一度のお祭りみたいなもんなんであります。

先月2回、今月1回(後日もう1回)観たが、
奴はスターとしての資質が飛び抜けている。
好むと好まざるに関わらず、これは認めなくてはいけない。

今月の夜の部の「助六」では、キザで喧嘩っぱやい主人公を演じていたのだが、
出てきた時から惚れ惚れする程の色男っぷり。
しかもトンガッていて危なっかしい感じもバシバシと。

今までいろんな人の助六を観てきたけれど、近い将来「助六といえば海老蔵」となるのは間違いないはず。
あと数十年、海老蔵の成長とともにこれを観続けられるのかと思うと、
「幸せだなあ」とか素直に思ってしまいました。

襲名披露公演は華やかで有名な演目が多いので、
歌舞伎初体験の人にも取っ付きやすいはず。
でも、チケットあるのかな?



| comments(0) | trackbacks(1) | 23:25 | category: 歌舞伎/ダンス |
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