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# 本の本来の姿って?
今日はただ単に、morioさんに捧げるエントリー。のはずだったのだが、いろいろ手元の本をパラパラ見ていたら長年の問題が解けたので、いろいろ。

まずは講談社現代新書問題。以前も書いたけど、そのデザインがここ数カ月で変わっていたらしい。ヒマな時に新書コーナーは流していたつもりだが、全く気づかなかった…。morioさんのご指摘で、初めて帯が異様に太くなっていたことを知った。それは、デザイン的に言えば、たしかに中島英樹氏の当初のデザインコンセプトから逸れているともいえる。

しかし、まさか杉浦康平氏とのイザコザがあった(らしい)講談社が、またここで中島氏と同じようなトラブルを起こすとも思えず、中島氏だって自分のデザインを「はいはい、そうですか」と簡単に変える人とは思えぬが…とググってみたら、現代新書の背表紙が白地に変更されたとのブログを発見した。ほかを見ても、色背表紙は文字が読みにくいとの評価が多く、あたしもそう思ってたし、何よりも色分けの意味がよくわからなかった。もっともそこに意味を求めてしまうのは無粋な態度ということになるのだろうが、実際に自分の書棚に並べてみてもさほどいいものにはならなかった。というのは大袈裟で、並べてキレイというほど揃ってないのが敗因か?

しかし、morioさんのブログを読んだ後に、この本山さんのブログを読んで、そうだよねえ、やっぱり当初のコンセプトからズレてるよねえ。と。新しいデザインの本を手にしてないのに言うのはアレだがそう思った。明日ちゃんと見ますけど。

さらにググっていくと、中島英樹氏本人のブログに辿り着いた。
今までの背表紙は、単に時間が経つと、退色して、タイトルが読めなくなってしまった色があって、決して、過去のデザインに敗北したわけではありません。
それに、僕から、今のままではネガティブキャンペーンになってしまうと、提案したのです。
だから、分かると思いますが、本の本来の姿は帯や表紙を取った姿なのです。
いままでと、ブレてないでしょ?
全文はコチラ

ということらしいです。morioさんの謎は解明してないというか、そっちのけで申し訳ないのですが。

個人的には本の装丁がよくて欲しくなる本はあるんだけども、本の本来の姿は帯や表紙を取ったものというよりも、本の中身そのものという意識が強いかも。でも、それって普通の感覚ではないかな、本読みとしては。またまた比較論になってしまうけど、杉浦康平氏のデザインは、本の中身への意識が強く感じられて好きだった。

出版の現場(はしっこ)にいると、編集者が「今の人は本を読まない!」「本を買ってるのは本がらみの仕事をしてる人だけだ!」と平気でいうのをしょっちゅう耳にする。たしかにそうなのかもしれない。でも、それを前提にしてしまうのはあまりにも哀しい。……と書いていくと話がとことん逸れていくのでやめるけど、今日はそんなこんなで出家でもしてしまいたいような気分になっているところに、これを読んで哀しくなった。なんだかおかしいよと思うのだが、おかしいのは自分のほうなのかもしれない。というか、おかしいのはいつだってあたしなのだ。
| comments(5) | trackbacks(0) | 01:58 | category: 本の話 |
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コメント
背表紙が白になっているのには気付いてませんでした。これも当初はずいぶん力を入れていたところですよね。書棚に並べたときにどうのこうのって。

>だから、分かると思いますが、本の本来の姿は帯や表紙を取った姿なのです。いままでと、ブレてないでしょ?

ブレまくりでしょう。開き直って無理やり正当化しているとしか思えません。自分の仕事に対する誇りはないんでしょうかね。中島氏のブログを読むと、「お前ら素人に何がわかる」と言わんばかりの不遜な発言もたくさんあって、ものすごく不愉快になりました。なんかがっかり。
説得力という点では本山氏の言の方が圧倒的に説得力があると感じました。
| morio | 2007/08/28 11:13 PM |

最後の文、変……。
| morio | 2007/08/28 11:16 PM |

>morioさま

最後の一文も含めて、まったくもって同意。
同じ感想を持ちました。

作り手が意図する何かをモノで伝えられなかったとしたら、もうそれは負けなんじゃないかな。
負けという言い方は適切ではないかもしれないけど、
そんなことを思います。
| タコ | 2007/08/29 8:37 AM |

遅ればせながら、ようやく関連リンクを全部読みました(携帯で見てたもんで……)。うーむ。なんというか、うーむ。この言葉にならない哀しさは何なんだろう……。

中島氏は「勝手な臆測で攻撃するのなら、反論は、直接、僕のアドレスヘ!」と書いてるよね。もし、批判メールを書いたとしたら、理詰めで反論してくれるのでしょう。でも理屈以前のところで、「このデザインが、前の杉浦デザインより良くなったと思えない」という感想を持ってしまった場合はどうしたらよいの?

デザインについて論理立てて語れるほど知識がないので、「もし私が本の著者だったら」という仮定で言うならば(これなら想像できるから)、もし自分の本をどっちのデザインで出すか選んでいいよ、と言われたら、迷いなく杉浦デザインを選ぶと思うんだよね。
本をデザインしたデザイナーとして、理屈じゃなくて、そのできあがった本の姿を見て「これいいな」と言ってもらえることが大事だと思う。タコちゃんの「作り手が意図する何かをモノで伝えられなかったとしたら、もうそれは負けなんじゃないかな。」というのは非常に同感。

プロは言い訳しちゃいけないよね。デザイナーならできあがりの見た目で判断されるし、記者なら書いた記事で判断される、編集者なら作った本で判断される、それだけのこと。
たまに自分が書いた記事に変な批判をされてたり、見当はずれなコメントがついているのを見ると「うーん、そういう風に読むのかぁ……」とタメイキつきたくなるけど、「次は誤解されないように書こう」と思いこそすれ、「文句があれば私宛にメール送れ」とは思わないけどなあ。

あ、私もmorioさんコメントの最後の
>説得力という点では本山氏の言の方が圧倒的に説得力があると感じました。
に同感。
| ayano | 2007/09/03 8:01 PM |

>ayanoちゃん

まったくもって同感なのであります!
そして蒲田の夜を思い出したのであります。

デザイナーの役割を考えたとき、中島氏みたいなことを言えちゃう人っていうのは前時代的というか、本質からして間違ってる(苦笑)。

この新書の件1つで中島氏を全否定しようとは思わないけど、あの文章を読んでしまうとね。なんだかな。

これが居酒屋だったら、その場の勢いでいろんなこと言っちゃいそうだ。3軒目くらいでこの話題になったら「ばっきゃろ〜〜!」と荒れそうです…。で、翌日「あ、ごめん。心にもないこと言っちゃった。てへ」って言うんだろうな。
| タコ | 2007/09/04 9:25 AM |

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