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# 人間が人形を演じるということ
水曜の夜、また東劇に「シネマ歌舞伎」を見に行ってきた。「鷺娘」の素晴らしさと美しさはもう見てもらうしかないんだけど、今回は『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)』の話を書きたい。「鷺娘」は実際に歌舞伎で何度か見ているが、この演目は今回のシネマ歌舞伎で初めて見た。人形浄瑠璃を歌舞伎舞踊化した作品で、人形のように舞う様子が個人的には興味をひかれる作品だった。

あらすじを簡単に説明すると、恋する安珍を追って日高側の渡し場にたどりつく清姫だが、安珍から「清姫を渡すな」と言われている船頭は、かたくなに拒否し、川を渡してくれない。清姫は、安珍への嫉妬と恨みの激情を燃やし、ついには自力で川を渡る決意をする。嫉妬に狂い、大蛇へと化身した清姫は、川を渡り切るのだった。…と、怖い話?今回はここまでの話。ここから清姫は安珍のいる道成寺へ向かい、よく知られた道成寺の場面へとつながり、清姫から逃れようとした安珍は鐘の中に隠れるのだが、蛇に化身した清姫は、鐘に巻き付き、安珍を焼き殺してしまうのだった。…怖い。道成寺に残る安珍清姫伝説と、歌舞伎などでの話は少々異なっているので、そのあたりはこちらをご覧ください。

という話を書きたかったのではなく、もともと人形浄瑠璃で人形が演じていたものを、生身の人間が人形振りでやる様子が面白いなあ、と。文楽などは見たことがないのでわからないのだが、人形劇などを見た感じでは、人形の動きは生身の人間とは全く異なる動作、異なる文法(?)からなり、生身の人間らしい細やかな感情を表現していく。それを再び人間に置き換えた時、人形独自の動きがさらに前面に出て、表現の特徴が明らかになる。ほかにバレエでも歌舞伎でも、人形振りの演目は結構あるんだけれども、なんだかいろいろ考えたくなるテーマだ。

『日高川入相花王』では人形を演じる清姫と船頭の後ろには人形遣い役がつく。清姫の後ろには人形遣い役の菊之助が付くが、船頭役には黒子が2人。どうして清姫だけに人形遣いの役を演じる役者が付くんだろうと思ったのだが、これは清姫が大蛇に身を変え、川を渡り初めて以降、人形遣いが出て来なくなることで納得がいく。おそらくは、化身するほどに安珍に嫉妬し恨む清姫が常軌を逸脱する様子をダイナミックに演出しているのだろう。川を泳ぎ川面から姿を現す清姫は、取り憑かれた化け物の顔と人間の女性の顔を交互に見せる。このあたりの演出もよくできているよなあ。そして川を渡り切った清姫の後ろにはもはや人形遣いもおらず、この世のものではない強い思いだけを支えに立っている。あの姿の凄みといったらない。「うっ…」としか言えない…。

なんだか色々考えていたら、人間の身替わりとしての人形を考え始めてしまい、まとまりそうにないので止めておくが、結構(個人的には)興味深いかも。とにかく非常によく練られた作品だと思う。文楽や能でも見てみたいし、川本喜八郎氏の人形劇もあるようなので、ぜひ見てみたいと思う。

| comments(0) | trackbacks(0) | 11:51 | category: 歌舞伎/ダンス |
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