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# 芹沢げ陲里仕事
ひどい写真だらけなのは、酒を呑んでいるせいではない。手ぶれ防止機能がないからだ。脇が甘いのかもしれない。

今回の大きな目的は「芹沢げ霹術館」だった。芹沢げ陲力辰楼柄綾颪い燭里燃箘Δ垢襪、型染め作家で民藝運動と深く関わりのある作家だ。よく木彫りっぽい民藝店独特の文字があるが、あの書体の創始者が芹沢げ陲澄E佻ぐ篝廚慮園内にある芹沢げ霹術館の建築家は白井晟一。石と木と水を意識した建築で、石と木を使った奥の部屋なんかはチャーチにいるような空間だ。行った人が「あの建築、どうやら有名な人が造ったらしいんだけど、窓から太陽の光が差し込んじゃって、作品の保存にはどうかと思う」と言っていたのだが、実際に行ってみると、黒いカーテンで窓を遮っていて、木と石と水が見事に臨めるはずなのに、何も見えやしない。少々残念。ところでこの建物、芹沢げ陲立派な美術館を望んだために、予算が静岡市の財政を圧迫したとか。

Kには年末、半ば強制的に芹沢げ陲離レンダーをあげて共犯者にしたのだが、今回一緒に行ったKには芹沢げ陲両匆陲垢蕕靴討い覆い里少々不安だった。しかし、大変気に入ってもらえたみたいでよかった。カレンダーを欲しがっていた。昨年末に喧嘩してなかったらあげたのになあ。今回の展示のテーマは「芹沢げ陲寮験茱妊競ぅ鵝廖しゃぶしゃぶの「ざくろ」、上野広小路の「酒悦」、その他さまざまな装丁、パッケージデザインなどの作品が並んでいた。図録がないのが大変残念だが展示品リストはもらったので、いずれ整理しようと思う。なかでもカッコ良かったのがJALのパンフ。A4三つ折りの版型でデスティネーション別に作られている1970年前後のもの。やるなあJAL。っていうか、そもそもJALの鶴丸マークをデザインしたのって芹沢げ陲蕕靴ぁそういえば、鶴丸なくなっちゃうんでしょ?なくなっちゃったの?さみしいなあ。
工房という形式で制作活動をしていた芹沢だが、ひとりで全てやったわけでないにしろ、その製作点数たるや大変なものである。エネルギッシュな創作姿勢と生み出したものの妥協のなさに圧倒される。で、年表を見て、まだまだあたしも間に合うかしらと思うのだが、いったい何をしていいのやら。情けない。







その後、日祝のみ公開している芹沢げ霤,鮓る。大田区蒲田にあった家を移築したもの。その前は宮城にあった板倉で、1階は農作物や農機具の収納庫、2階は雇い人の宿泊所として使われていた建物だったそうな。素朴な力強さのある風情が美しく、そこに芹沢の集めた世界の民芸品が並ぶ様がとてもいい。ここに住みたい!と強く思った。天井に近い壁には柳宗悦の肖像が掲げられていた。あまりその辺は詳しくないのだが、柳宗悦の写真を掲げた芹沢の気持ちはどんなものだったのだろう。







個人的には柳宗悦の文章はとても好きだ。静謐さをたたえながらも、ほとばしるような情熱がある。気高い志がある。岩波文庫の「民藝四十年」はもうボロボロだ。
| comments(0) | trackbacks(0) | 21:25 | category: ざくろコンビナート |
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