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# 弥生時代から東海道は栄えていた
無事に静岡に着き、まずは観光案内所へ。これ鉄則。観光案内所はたいていロータリーのある側の出口を降りて左へ向かって歩いていくとあるのだ。なぜだろう。今回の静岡の目的はまたも宇都宮に続いて美術館だ。お目当ての美術館にはバスに乗って行く。登呂遺跡のある公園に位置しているのだ。しかし、おしゃべりに夢中になり、乗り過ごす…。ところでトークとおしゃべりはどう違うのだろうか。トークの方が何か目的がある意識的な発話をイメージするのだが。

登呂遺跡へ行きたかったんですけど、とKに語りかけられたバスの運転手さんは、若い女(しかも観光客)に話しかけられたということで急にテンションが高くなり、お金を落とすなどの失態をあわあわと。降りてから、Nの「登呂遺跡は国道1号沿いにあったはずだ、なぜなら交通の便がいいから」という持論にのっとり、国道沿いに戻ったら、すぐ見つかった。やはり弥生時代から東海道は栄えていたのだなあと、今さらながら、変えようのない人類の性質を知る。

登呂遺跡は現在工事中。復元された遺跡というのもおかしな話だが、とにかく復元ブツを復元し直している。水田の跡は荒れ地にしか見えず、弥生時代に思いを馳せるような遺構は何ひとつない。断然縄文派のあたしはほくそ笑む。勝ったぜ。


柵の内側にいた弥生の人々。あまり写真ではわからないが、結構怖い。
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