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# コサックの冬が終わる
途端に寒さがぶり返した今週。横断歩道で信号待ちする人々は、険しい顔で前を睨む。固く腕を組んだ様子は、見ようによってはステージが始まる前、緊張の面持ちでカーテンが開くのを待つコサックダンサーそのものだ。寒さでやけになって、東京のいろんな街角がコサックダンスを踊る人で溢れかえる光景を思い浮かべてみたら、悪くない。踊っているうちに寒さは遠のき、なぜコサックなのかも忘却の彼方へ。息は切れ、足はへとへとに疲れているのだが、なぜか踊るのをやめられず、引きつった笑顔のまま前へ進む。今いるところから、五体投地でチベットを目指すか、コサックでロシアを目指すか、と問われたら、あたしはどちらを選ぶのだろうか。と、考えたのは3日前の朝。もう、すっかり暖かい気がする。

自殺する人のうち、どのくらいの割合の人が遺書を残しているのだろうか。そこまで追いつめられたことがないからわからないけど、言い訳なのか、お詫びなのか、あなたのせいじゃありませんよなのかの一文を伝えようと、便箋をとりだす。まず直接的にも迷惑をかける家族に書くとする。それが終わって、友人に書く。この友人に書いたら、あの友人にもと思い、彼らに書いたらこちらにも……ああ、この人だけ外すというわけにはいかないなあと思い、いっぱい書く。1日中書いても終わらない気がしてきた。「ここでこうして過ごしたのがいい思い出だった、ありがとう」とか書きながら、段々楽しいことばっかりあったような気がして来て、アホらしくなってしまうのではないか。遺書だということを忘れ「今度は○○へ行きましょう」とか能天気に書いてしまいそうな気がする。そのうち1人1人にちょっとしたプレゼントを渡そうと考え、書き終わってから手紙に添えるチョコレートやら酒やらを買い出しに行くかもしれない。そのうち目的を見失い、手紙を捨て、プレゼント用に買った美味しいものを仕方なく1人で食べ、小さな幸せにひたるのだろう。遺書は書かないに越したことない。というか、追いつめられたことがないから、やっぱり最初から想像を越えている。五体投地かコサックか、無意味な二者択一を考える方がまだマシかもしれない。
| comments(2) | trackbacks(0) | 09:38 | category: 生きザマ |
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コメント
五体投置でチベットかな。
コサックは体力的に無理。3メートルでギブ。

渋谷のハチ公交差点は、毎日が騎馬戦だよね。
| うりうり | 2008/03/02 12:54 AM |

>うりうりさん

>毎日が騎馬戦

たしかに!

コサックと五体投地はやっぱり迷うなあ。
でも、どうせ辿り着かないなら、
あたしはきっとコサックを選ぶと思う。
(短時間で獲得する徒労感って好き)
| タコ | 2008/03/02 1:20 AM |

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