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# “ひゃー権”を強引に守る会
何かに対して賛成か反対かを考える時、あたしは瞬時に自分にとって都合かいいか悪いかを考える。都合が悪いと判断すれば、反対!と口にする。質問の答えをすぐには求められていない場合、一応は自分と反対側の意見にも耳を傾ける。でも、知識も思考能力もない上に優柔不断なので「なるほど、一理あるけど」と単純に思う。そういう人間に対しては、センセーショナルな言葉を持っていた方が効く。勝つ。選挙なんてその最たるもののひとつだろう。

あんまり新聞を読まないので、政治的な話をするのは気が引けるのだが、ここ数年で「えー!それ反対かもーー!」と思ったのは、現段階ではギリギリの段階の話ではなくなったけれども、独身税と共謀罪だった。前者がイヤだと思ったのは言うまでもなく自分が独身だからで、後者も自分に都合の悪い話に感じた。

あたしは調子に乗って言葉を発することが多々あり、だいたいここを読んでくださっている人はわかるだろうが、どこまで本気かどこまで本気じゃないのか自分でもよくわからない時がある。例えば、居酒屋で気心知れた友人と喋っていて、つい口が滑って調子のいいことを言ったとする。共謀罪反対派の意見を読むと、そんな一言も反社会的とみなされてしょっぴかれる可能性があるのだというのだ。それを読んだときに思い浮かんだ風景を書こう。自分が居酒屋で調子よく喋っていたところ、横から鋭い視線を感じ、ふとみると目があったその男らはナイフのような鋭さでスッと立ち上がり「我らは特高だ!」と名乗り、あたしは頭をつかまれ、テーブルのシメサバの上に顔を押し付けられながら、手を後でねじられ、乱暴に立たされて連れていかれる。もう生中5杯+芋焼酎3杯の酔いはどこへやら。無銭飲食はイヤだと小さな声で訴えながら外へ連れ出されるわけだ。まあ、拡大解釈していった場合の先にある話ではあるが、そんな光景が目に浮かんだ。そして、「蟹工船」の小林多喜二の拷問死が頭を過った。

そういえば最近どこの本屋に行っても「蟹工船」は平積みで、本当に「蟹工船」ブームなのだなと実感している。知的な人が集いそうな都心の大きい本屋ならばともかく、話題の書籍への感度すら鈍い地元の本屋でさえそれで、さらには割合でいえば都心をしのぐ勢いで平積みの本が減っていた。プロレタリアート意識を刺激したのか?都心の書店に集う知的な人々が知的好奇心やら社会問題への意識やらから読むのとはちょっとばかりわけが違うと思っている。例えば寅さんに「労働者諸君!」と呼びかけられるタコ社長&タコ印刷工場員たちが蟹工船を携えている状況を想像してみてほしい。勘付いている方もいるかもしれないが、あたしの名前の“タコ”は、このタコ社長やタコ印刷工場から拝借している。というのは真っ赤な嘘。ちなみに、うちの周囲はタコ社長やタコ印刷工場員ばかりが住むエリアではないのだけれど。余談終了。

秋葉原事件以降、ネット上で殺人予告をした人が複数捕まっているようだ。ここ数日「へえ、またか」と思うものの、見出ししか読んでおらず、その内容やそれに至る動機は知らない。おそらく実行に向かう現実的な予定はなく、なんかムシャクシャしたからとか、加藤が犯行に至った背景へのある種の共感だったとか、もしくは自分の閉塞感の吐露だったり、単なる愉快犯だったりするのだろう。ネットに書き込みをすることに対し、どこか感覚が麻痺しているケースもあるかもしれない。あの事件以降、通報も多くなっただろうし、監視も厳しくしているはずだ。そのことに対し、世間は今、好意的な気がしている。理不尽で残虐な事件は未然に防がれるべきだし、多くは防げるものだ。見知っていたのに動かないのは警察の怠慢だし、もしかしたら我々市民の怠慢でもあるかもしれない、と。

危機管理について反対を掲げる気は毛頭ない。そんなことで窮屈さを感じるようでは、あまりに認識が甘いといわれれば甘いのだろう。説教をされれば頭を垂れてその言葉を拝聴する。しかし、秋葉原以降、何かが3段階は進んだ。何かが何だかというのは、アレかもしれずアレかもしれずアレかもしれず…と考えているのだが、はっきりしたところはよくわからない。自分だけは絶対的に善人だ!自分だけは絶対的に正義だ!という考えの元に、何かが膨らんでいかなければいいなあと思っている。あたしは謙虚に自己都合の元、自分だけはしょっぴかれなけれたくないなあと考えているのだけれど。ついでにいえば、鳩山=死に神説が、どうしてそこまで問題にするほどのことなのかよくわからない。大きく分ければこれすらも、同じ流れの上にあるような気がしてならない。

感情を機動力に言葉を吐く場合ですら、せめて何を言ったかくらいは自覚した方がいい。吐いた後でもいいから、自分が吐いた言葉が何をもたらしたか、どう伝わる可能性があるかを想像して、ちょっとだけでも客観視するなりした方がいい。よく「言葉は道具だ」といわれるが、本当にそれ以下でもそれ以上でもないと思う。ただ、マニュアルのないツールだとも思う。そこにマニュアルを求めたり、全然違う道具の使い方をした場合、使った本人ですら、ひゃー!と思う事態になることがままある。みんなと同様、あたしの来た道のりなんて、ひゃーだらけだ。主に後者のひゃーだが、反省するひゃーもあれば、語っている最中から折り込み済みのひゃーもある。でもひゃーひゃーの機会すら奪われ、ひゃーひゃーも感じなくなるようなのはイヤ。ひゃーひゃーはないに越したことはないけれど、せめてひゃーひゃーの権利だけはもちたい。
| comments(2) | trackbacks(0) | 04:15 | category: 社会問題? |
# ウリ坊、iPhoneを知る。
携帯なんてメールが打てて電話機能があればいいと思っている。しかし十数年に渡るMacユーザなので、iPhoneは欲しい。しかし、iPhoneがどんなに素晴らしいのかは知らない。知らなくていい。購入当初は「仕事がデキる人みたい」「バリキャリっぽい」と好評だったパールホワイトの携帯は、今ではところどころ塗料がはがれてグレーっぽくなっている。おまけに扱いが悪くてよく地面に落とすものだから、最近ではほんのたまに、喋っている最中に電源が切れたりするのだ。

あたしの携帯を「汚ねえ携帯だな!」と罵倒する人がいる。先日はその携帯をホテルの宴会場にうっかり忘れてきてしまい(立食での呑み喰いに夢中だったため)、一緒にホテルまで戻ってもらったのだが、その間も「大丈夫だよ。あんな汚ねえ携帯、誰も持ってくわけがない」と励まし続けてもらった。そして今日、オーガニックなランチを食べながら「あたし携帯をiPhoneにしようと思って」とその人に報告すると「うん、そりゃいい」と胚芽米のツブツブをスプーンですくいながら頷いていた。

「でさ、予約したの?」「ううん、まだです」「そりゃまずい。おせーよ。早く予約しろよ」「へ?へーい」と、職場に戻ってソフトバンクのサイトを見たけど予約なんてとってないとある。で、検索かけたら予約できるのかできないのか何だかさっぱりわからなくなる。おまけにそんな祭りは1週間前に世間では終わっているようだった。つまり、さまざまな情報が飛び交うのをうまくキャッチし行動しなくてはならなかったようで。世間とズレてしまうほどノンビリ屋のあたしにはとても無理。

「タコちーん、iPhoneにする?」「したいしたい!どうすんの?」「予約があるとかないとか、世間は祭りだよ!」「まじで〜?あたしよくわかんないから、予約するとき予約しといてー」「おお、了解!」みたいな人が、あたしには必要だと痛感した。誰か飼ってくれないだろうか、この役立たずで最高に気分屋のウリ坊を。
| comments(5) | trackbacks(0) | 22:24 | category: 社会問題? |
# 羞恥刑ビジネスを考える
今日の日記。ブログ意識のあるブロガー(説明省略)は、日記型ブログの氾濫を嘆いているのだろうが、とりあえず今週は「毎日書こう週間」なので許してね。毎度のごとくオチなし3本。

■うちの駅の出入口付近に間口一間の小さな酒場が2軒並んでいる。朝10時からやっている居酒屋だ。店内にはコの字型のカウンターがあるのみで、7人も入れば満席の店。どちらの店もおつまみは全品300円。毎日たいそう賑わっている。今日の帰りも店の前を通りかかると賑やかな声が聞こえてきた。「なに?ビールでいいの?」というママという役職をもっているであろうおばさんの張りのある声。わいわいがやがやとアルコール分を帯びたおじさん達の声。そこにストンと入ってきたアルコール分の少なそうな30代くらいの声が聞こえてきた。「ボクは毎晩、お姉ちゃんとお姉ちゃんの恋人の晩ご飯を作ってるんですよ!」。酒場にそぐわない清涼感のある高い声と、状況のよくわからない嘆き。
お姉ちゃんとその恋人のために晩ご飯の買い物に行き、料理し、皿を洗い、その後は2人の団らんというか団らんのために家を追い出され300円居酒屋で無意義(有意義?)に時間を過ごす弟。団らんが終わった頃を見計らって家に帰り、風呂に入って寝る毎日をそっと想像してみた。切なくも穏やかな日々。

■あたしにとってランチタイムは読書と珈琲を楽しむ時間であって欲しいので、ひとりを好む。よってランチに誘われると無下に断ることが多い。最近は無下に断るのもイヤになり、とうとう「基本的にランチは1人で行きたいので」と告げた。夜はフレンドリーだが、昼はちっともフレンドリーでないのだ。グループランチが好きな同僚はちょっと引いていた。まあ、仕方あるまい。今日は会社のそばに3時までやってる喫茶店があると聞き、いそいそ出かけた。午後2時過ぎ。客は2組。あたしと、20代前半の若者5人組。やたら声がでかい。あまりのうるささに本は1ページも進まない。そのうちチキンソテーが来た。食べている最中に、カウンターに常連客らしい50代の男性が座った。しばらくして、若者集団は帰った。

しんと静まった店内で男性がママに聞いた。「あれ、うるさかったな。A社の人?」。A社の人であるあたしはドキリとした。上品で可愛らしいママが答えた。「ううん、絶対A社じゃないわ。A社の人はもっと上品だもの」。さらにドキリとした。社員証をつけているわけでもないのに、無理矢理“上品なA社の人”を装う。背筋を伸ばしたり、美しいと思われる角度でナイフとフォークを握ってみたり、チキンソテーを小さな口(うそ)にあうように小さく切ったり、エレガントに取っ手をつまんで珈琲を飲んだりしてみた。慣れないことは、やるもんでない。かくして、上品なA社のあたしは、うるさいやつらがいなくなっても読書に集中できなかったのだった。

■宮崎勤の死刑執行。法相が鳩山になってから13人目だか何だかだそうだ。宮崎勤事件だか宮崎勤だかを扱った本が近々出版されるらしいのだが、話題づくりのために出版社が鳩山に賄賂→このタイミングで死刑執行だったらイヤだなと思いついた。

ところで死刑執行について。人権云々の問題については無知で語る言葉もないのだが、最近、事件の加害者が「死刑になりたくて」と言っているのを聞くと無性に腹が立ち、羞恥刑ができたらいいのにと思う。あたしなら終身刑より羞恥刑の方がイヤだ。市中引回しだけでもイヤだ。でも、市民参加型の処刑ってのはいろいろ問題があるのだろう。

と、思いつつ羞恥刑の話を続けると、そのうち自治体単位で「地域処刑」「自治処刑」なんてのがでてきて、派手な市中引回しを観光の目玉にしたがる自治体がでてくるだろう。湯水のごとく税金を使い、サーカス風や横溝正史風など処刑に趣向を凝らしだす。地方を食い物にした処刑ソリューションビジネスが起こる。羞恥刑のの珍妙さは外国人旅行者を呼ぶ。アキバの時代は終わった。クールジャパンから狂うジャパンへ。こんなに外国人観光客が呼べるのか!と気づいた政府はがっつり予算を組んで国家的な羞恥プロジェクトを立ち上げる。羞恥キングダム、ニッポンへようこそ!っていうのはどうだろう。テーマは変れど、すべては同じサイクルだ。そのうち羞恥刑で主役を張りたい輩が犯罪を犯すのだ。止まらなくなってきたので、このへんで。
| comments(0) | trackbacks(0) | 01:23 | category: 社会問題? |
# 助役vs助役にほのぼの。
深夜1時過ぎに、外でぴゅんぴゅんと縄跳びの音がした。話し声はない。案外ストイックである。しかし、自分が縄跳びを練習していたのは小学生の頃の話。小学生が1時過ぎに縄跳びの練習などするのだろうか。そんな子どもが近所にいただろうか。そして、その音は紛れもなく「ハヤブサ」の音なのだ。

最初7回くらいで止まり、次に8回くらいで止まり、その1回1回のチャレンジの間隔が長い。そのうちその音は30回を数えた。それを最後にハヤブサの音は途絶えた。

先日、新聞にほのぼのニュースがでていた。JR戸塚公園駅の助役と川口駅だか川越駅だか何駅だかの助役が喧嘩して、戸塚公園駅の助役が逮捕された事件に笑った。
ふたりは事件当日ともに非番で、昼から寿司屋で酒を飲んでいたらしい。店を出た後、その支払いを巡って「なぜ俺に払わせない!」と喧嘩になっていたところ、それを見かけた人が通報したという。

逮捕された方の助役は災難だったろう。なぜ後輩に払ってもらうんだ?という疑問が、酒の勢いで怒りに代わり、ついつい度が過ぎてしまったようだ。昼から寿司屋で飲むのもいいし、喧嘩の理由もいい。本心を言えば、この程度で通報するのも無粋であり、この程度の事件なら、うちの近所は日常茶飯事で逮捕者続出してる気も。まあ、このご時勢仕方ないのかな。毎日、こんなほのぼのニュースで埋め尽くされて欲しいもんだが、戸田公園駅助役(元?)にとってはシャレにならんのでしょうな。
| comments(2) | trackbacks(0) | 04:19 | category: 社会問題? |
# 野次馬日記
昨夜は秋葉原無差別殺人事件(あれを通り魔と呼びたくない)のことを、と思って長々と外から見た秋葉原の街について書いていた。秋葉原は地理的には身近にあり、通ることは多いのだが、いつも外から見ていた。そんな立場から秋葉原という土地について書くつもりが、途中から秋葉原の隣にある御茶の水の話になり、「あたしと神保町界隈」という0歳から三十路までを書き連ねるような作文にすりかわったので、放置した。1日たったら言いたかったことはマスメディアでほぼ出尽くしていた。あらためて、ひどい事件だ。ひどすぎる事件。ひどすぎる事件が続く。かつてならば犯罪史に残るような事件がどんどん起きては、また新しい事件に押されて記憶が薄まってゆくのだが、ひどすぎる事件が共通してもつ得体の黒くて重くて知れない気体だけがそこに残り、みるみる厚みを増しているように思える。

いくつかの事件を追っている。とはいえ、刑事でもジャーナリストでもないので、ニュースサイトを追い、週刊誌やスポーツ新聞の記事を追い、2ちゃんを追うだけだ。我ながら何が知りたくて追っているのかよくわからないのだが、追っている。たくさんの事件の中で、何故その事件なのかという自覚もないが、自分が知りたいことは何かということも、知りたいことは実はすでに知っていることも本当はわかっている気がする。でも、きっと何もわかってない。毎度のごとく、あたしは一番反応すべきど真ん中のことに反応してないで、その周辺ばかりに気を取られているのではないだろうか。きっとそうだ。
| comments(2) | trackbacks(0) | 23:35 | category: 社会問題? |
# 固唾を呑んだくれるポスター
先月から地下鉄の駅を降りるたび、ドキッとすることがある。マナーポスターに、だ。
「家でやろう。」のコピーの下のイラストに描かれているのは、化粧をする女性。別に、あたしが車両内で化粧をするからドキッとするわけではない。トイレで化粧直しをするのさえ恥ずかしい女である。そのポスターに描かれた男性が、怖いのだ。彼には表情がない。表情がないが遠くから女性をじっと見ているのはわかる。目玉がないにも関わらず、その視線は粘着質だ。何も知らずに化粧を続ける女性。この後、この男性はどんな行動に出るのだろうか。想像もできない危うさをもっている。10分以内に確実に起こるであろう惨劇の気配に、固唾を呑む。固唾を呑んだまま、通り過ぎる。そして帰りに駅を通った際、再び粘着質な視線に怯え、近未来の惨事を思い、固唾を呑む。翌朝も呑む。翌晩も呑む。呑み続ける毎日。


最近はポスターが変わった。月に1度替わるそうで、今月も先月と同様「家でやろう。」のコピーで、その下がイラスト。登場する女性と男性の顔は先月と一緒。男性は、月をまたいでストーキングしているというわけだ。4コマになった分、インパクトは弱まったが、その怖さはいまだに健在だ。無表情な男が、マナー違反の女をじっと見ている。しかし、目玉もない。表情もない。見ているかどうかはわからないのだが、男性が犯罪を犯すのではないか。急にキレてとんでもないことをしでかすのではないか。今月も固唾を呑んで、息を潜めている毎日だ。


せっかく4コマなのだから、台詞をつけてみよう。
1 あ、もしもしー。親子丼1つ!(男:鍋焼きうどんにしろよ)
2 だから、親子丼って言ってるでしょ!(男:鍋焼きうどんに変えろ)
3 え?親子丼は売り切れた?どうしてくれるのよっ!(男:鍋焼きうどんだ!)
4 あ、カツ丼はあるのね?早く言ってよ〜、よかった♪(男:鍋焼きうどん……)
かなりイマイチだな。精神的疲労。

ところで最近、110番が大変なようですね。「携帯電話の調子がおかしい」「同居女性がドアを開けてくれない」「1000回打ったが、フィーバーしない」「バスが来ない」「今日はごみの日?」「ネズミ退治の方法を教えて」「彼女が浮気している。どうしたらいい?」「タイヤチェーンが巻けない」「蛍光灯が消えなくなった」などなどに対応させられている。そのニュースを読みながら、今一番、アカの他人(110番)に訴えたいことはなんだろうと考えた。何かなあ。「体重増える一方なんですけど」は緊迫した問題だ。あ、シャレにならないことがあった。「某有名エコバッグが未使用のままリサイクル工場にあったのを見たんだけど、どういうこと?」
| comments(3) | trackbacks(0) | 08:09 | category: 社会問題? |
# 晴れ人間と雨人間
晴れ男、晴れ女、雨男、雨女という言葉がある。「俺、雪男」「あたし、雪女」という会話は聞かないが、降雪量の多い地域にはあるんだろうか。最近出かけた松山と山口、いずれもTと出かけたのだが、我々2人とも雨人間である。見事に雨が降った。もっともあたしが「嵐を呼ぶ女」と呼ばれているのに対し、Tは「小雨男」らしい。なんてかわいいのだ。

「だいたい人間がいっぱいいるのに、てめえ1人のせいで天候が変わるわきゃないだろ!」という説もあるのだが、例えばその日、その瞬間の東京中の晴れ男・晴れ女が疲れ気味で、雨男・雨女の総エネルギー量がそれに勝っていたらどうなるか。雨人間が分泌するホルモンのような何かが空気中に排出され、空を覆い、雲をどんどん厚くし、しまいには雨を降らすこともあるのではないか。

気象予報士は天気図を読み、その日の天気を予測する。大陸からの雲の流れや地球全体の大気の流れの話は、地球がひとつの惑星であることを思い出させてくれるが、これをタテ糸として、ヨコ糸には晴れ人間、雨人間のその日のバイオリズムが組み込まれているとしたらどうか。人間だけではない。晴れ熊、雨ノミ、晴れクローバー、雨マグロなどなど、生きとし生けるものすべては先天的に天候を左右する要素を持って生まれているのかもしれない。さらに気圧の流れも影響して、その日の天気となるのではないだろうか。なんてわけはないのだろう。
| comments(6) | trackbacks(0) | 11:07 | category: 社会問題? |
# ナカムラ姓、日本を席巻中!?
幼稚園の時に、ナカムラくんという同級生がいた。ほかの子は下の名前で覚えているのに、なぜかナカムラくんだけはナカムラくんと覚えている。ナカムラくんはごくごくごくたまにテレビで見ることもある。実際に見たのは1度だったけど。
社会人になって、同僚にナカムラくんがいた。ナカムラくんは同級生だった。当時まだヤンチャな20代前半だった。隣の席になったあたしとナカムラくんは、よく2人セットで怒られていた。
それから20代後半に関わった会社でナカムラさんに出会った。このナカムラさんは今でもたいへんお世話になっているのだが、どちらかというと下の名前のイメージが強い。

昨年、このナカムラさんと同姓同名のナカムラさんに会った。初めてお会いしたのは1年以上前だが、お名前を知ったのは1年前くらい。その後、この2人と最後の一文字だけ違うナカムラさんが出現した。よく知っているような気になっているが、リアルではお会いしたことのないナカムラさん。いつかお目にかかりたい方です。そして、さらにナカムラさん攻勢は続き、この4月も仕事関係で3人のナカムラさんに会った。いずれのナカムラさんも、下の名前が微妙に1〜3文字ずつかぶっている。

携帯のアドレスにナカムラさんばかりが増えていく。タナカさんもスズキさんもナカムラさんには敵わない。うっかり今日は初対面のゴトウさんに向かって「ナカムラさん」と呼びかけてしまった。ここ数年でナカムラ姓が急に勢力を伸ばしているのか。実はまだ誰も気づいてない最先端の日本社会の変化をあたしはひと足早く目の当たりにしているのか。
職場から3人のナカムラさんへ立て続けに電話しながら、そんなことを考えた。
| comments(2) | trackbacks(0) | 02:49 | category: 社会問題? |
# かわいい動物たち
英語ニュースをいろいろ読んでいた。海外のニュースの方が、国内ニュースより視野が広いというか的確に伝えているというか、しっくりきた。今日の場合。国内のマスコミは自主規制ってやつだろうか。某週刊誌あたりがまたどうでもいいことで妙な角度な煽り方するんだろうな。いろいろ腐った気持ちを抱えたまま明日を迎えるのはイヤなので、お口直しだ。そういえば、某週刊誌の中吊り広告ににハルウララが馬刺になったという見出しがあったが本当だろうか。これを目にした途端に馬刺が食べたくなったのは、単に馬刺が好物だからで、それ以上の意味はない。


オメメパッチリでカワイイーーー。マヌケな眉毛め!


三つ子ちゃん。生まれて初めて三つ子を意識したのはサリーちゃんを見てからだろう。手前からトン吉、チン平、カン太。頓珍漢。


生まれて初めて意識した中国産はカンカンとランラン。写真はその2匹ではない。ちょっと自慢げに見せてるネイルが凶暴でかわいい。キョカワ。

動物が好きかどうか、自分でもよくわからない。水族館に行くと「美味しそう〜」って思うけど、動物園ではそう思わない。それは単に食材として購入するときの形の違いだけなので、動物が好きかどうかの判断材料にはならない。動物のような人間は好きだ。
| comments(2) | trackbacks(0) | 01:58 | category: 社会問題? |
# 北区にひっそり王子様
こうして最近の自分のエントリーを眺めてみると、うっかりガーリーである。人がどう思うかは知らないが、少なくとも自分の中ではこれがガーリーである。ゲーリー(元中日ドラゴンズ)ではなく、ガーリー。くれぐれも間違えないように。

そんなガーリーなあたしが気になっているのは、今月の「Fine」と「WWD」のタイトル。

まずは「Fine」
サーフな王子様が大好き
春の[サーフ系]イケメン満開SNAP!!

まあ、この雑誌は今に始まったことでなくサーフ王子様が大好きなんだけど、あらためてタイトルを読むと、サーフ王子様ってどんな王子たちなんだろう。まだ立ち読みはしてない。

そして「WWD」
“育ちの良さ”を感じるノーブル・ミックス
東コレ★王子

こちらはもう新しい号が出ちゃったかもしれないんだけど見たかったなあ、東コレ★王子。個人的には上の雑誌よりもこちらの方がビジュアルとして好みではないかと思う。あくまで王子を判断基準とした場合。

一番、最初にハンカチ王子を命名した人はエラいと思う。以来、ハニカミ王子やら、たくさんの王子が世の中に出て来た。王子という価値の基準をひょいと復活させてしまった。まあ、その前からミッチーやら高見沢やら堂本光一やら、芸能界に疎いのでわからないが一部に認められる王子というものはいっぱいいたとは思うんだけど。一方、お姫様というのも女性誌のキーワードでよく出て来る単語だけど、こちらはどうも……あたしは“ぶってぶって姫”の姫井議員しか思いつかない。今のところ王子と姫の格差は大きい。

この王子ブームとは別に品格ブームもあったけど、この2つは密にリンクしているのだろうと思いつつ、品格ということについては何も語れないので沈黙しよう。北区の王子では、この王子ブームに乗って何かしてないのかと思ってみたが、今のところよくわからない。結局のところ、あたしは今、何も発言していないと同様に、意味のないことを書き連ねているだけだ。
| comments(2) | trackbacks(0) | 01:52 | category: 社会問題? |
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